「黒ワインのWINE手帖」~人とワインのものがたり~

泡の奥に潜む、いくつもの横顔

泡の奥に潜む、いくつもの横顔

黒ワインと申します。
銀座やみなとみらいなどの、数多くのお客様に愛されたレストランでソムリエとして働いた経験から、ワインにまつわる人間模様をこれまで書いてきました。

この連載では、知識や格付けだけでは語れない、一杯のグラスが彩った人生の機微を綴っていきます。渋谷の喧騒の奥に佇む「THE WINE」のように、日常から一歩離れた、静かで豊かなひとときをお届けできれば幸いです。

2026.10.18

最近、シャンパーニュの飲み方や楽しみ方をめぐるネットの話題を見かけました。その話題の中心にいた、とあるシャンパーニュ専門店の店主は僕の古くからの知人です。その話題を見ているうちに、ふと昔のある夜の記憶が蘇ってきました。

とある年の1月の夜。11時ごろ。彼とXのDMでワインの話をしていたとき、「今からシャンパーニュを一本開けようと思うんだけど、冷えていないんだよね」とこぼしたところ、「1時間でいいから冷凍庫で冷やして!」とアドバイスをもらいました。
静かな寒い冬の深夜、これから書く記事の骨格を頭の中で組み立てながら、ボトルが冷えるのをじりじりと待ちます。そして、いざ開けて飲んだ一杯目。シャンパーニュらしい心地よい酵母のような香りと、夜中に原稿を叩くのにふさわしい、しゅっとした切れ味のある酸味がたまらない。記事を書き終えて彼にお礼を告げると、温かい称えの返事が返ってきたのを覚えています。

もう一つ、スパークリングワインにまつわる思い出があります。僕がソムリエとしてワインの仕入れ担当をしていたときのことです。リッツ・カールトンで開かれたイタリアワイン専門の試飲会で、あるフランチャコルタに出会いました。一口飲んで、まさにひとめぼれでした。すぐに担当者に交渉してサンプルを送ってもらい、店長やオーナーにも試飲してもらった上で、店のメインのフランチャコルタとして採用することになったのです。

ちょっと小難しい話ですが、このあたりで呼称を整理しておきましょう。シャンパーニュ(シャンパンと呼ばれたりもしますね)もフランチャコルタもいわゆる「スパークリングワイン」の一種です。その中でシャンパーニュといえば、フランスの特定の地域で厳格なルールを守って造られるスパークリングワインの最高峰です。イタリアのフランチャコルタも同様に法律で厳しいルールが定められています。

ただ、フランチャコルタは圧倒的なボリューム感を誇る一方で、繊細さや奥行きの面ではどうしてもシャンパーニュに一歩譲ることが多いのです。しかし、その試飲会で僕が出会ったそのフランチャコルタは、イタリアらしい豊かな果実感と、美しい繊細さを驚くほど高い次元で兼ね備えていました。僕は当時フランチャコルタがシャンパーニュにどうしても敵わないと思い、必死にお店で使えるワインを探していたときでしたから、件のフランチャコルタを飲んで電流が走るかのごとく衝撃を受けました。

そのワインを扱い始めてしばらく経ったある日、インポーターの社長さんがそのワイナリーのオーナーを連れて店に来てくださいました。「ここは絶好のチャンス」とばかりに、失礼のないよう配慮しつつ、フランチャコルタの秘密についていろいろと質問してみました。幸い英語でコミュニケーションが取れたので、片言のイタリア語と英語、そしてインポーターの方の通訳も交えながら、造り手ならではの楽しみ方を教わったのです。

「このフランチャコルタはどの料理に一番合いますか? 地元ではどんな料理に合わせるものですか?」

そう尋ねたとき、オーナーは満面の笑みでこう答えてくれました。

「うちのフランチャコルタは食前酒になる。前菜にも合うし、パスタにも魚料理にも合う。ゆっくり飲んでいるうちに温度が上がれば肉料理にも合うし、デザートにも最高だね。つまり、何に合わせても最高のフランチャコルタなんだ」

フランチャコルタを生み出した方から、そのワインの持つ懐の深さを教えてもらう時間は本当に楽しく、忘れられないひとときでした。

☆

スパークリングワインとひと口に言っても、シャンパーニュやフランチャコルタをはじめ、カヴァやクレマン、プロセッコなど種類は実にさまざまです。皆様が普段よく飲まれるであろう「発泡した白ワイン」だけでなく、食卓の場を鮮やかに彩るロゼや、黒ブドウのみで造られる力強い味わいの「ブラン・ド・ノワール」など、豊かな選択肢が揃っています。

お祝い事や記念日に開けるものという先入観を持ちやすいスパークリングワインですが、思い出してみると他にも僕はそうでないシチュエーションで開けてきたワインがスパークリングワインだなと思います。ぜひ、皆様ももっと気楽に「今日の集まりに1本持ってみるか」と楽しんでみてはいかがでしょうか。

特別な「この料理に合わせるワイン」という枠を超えて、いつでもどこでも私たちの日常のスイッチをカチッと切り替え、特別な時間に引き上げてくれる――それがスパークリングワインの最大の魅力です。ぜひ次の「ちょっとした飲み会」の選択肢に加えてみてください。

☆

さて、最後にスパークリングワインの意外な楽しみ方のコツをひとつお伝えします。

スパークリングワインについては「飲み切らないと泡が抜けてしまうから、開けるのを躊躇してしまう」というお話をよく聞きます。もちろん、特別な栓をせずに翌日を迎えれば泡の勢いは弱まります。

しかし、そこはさすがにワインです。しっかりとした造り手の手によるスパークリングワインの本質は、「おいしいワインが発泡したもの」に他なりません。レストランで乾杯する時に気が抜けたワインが出てきたら少し残念ですが、おうちで楽しむ分には、翌日に「おいしい発泡ワイン」が「おいしいワイン」へと形を変えたと捉えればよいのです。味わいの変化も含めて2回楽しめると思えば、少し残しておくことも楽しみの一つに変わるはずです。

かくいう僕も、今まさに2日目のカヴァを楽しみながら、この原稿を書き終えているところです。こうしたワインのさまざまな側面を知ることで、皆様の開ける一本がさらに美味しく場を華やかにするものになることを願っております。
皆様に、素晴らしいワインライフを。

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この記事を書いた人

黒ワイン(くろわいん)
黒ワイン(くろわいん)

日本ソムリエ協会認定ソムリエ。イタリアワインが得意。銀座やみなとみらいなどのレストランでの接客経験や自身のワインライフから、ワインにまつわる人間模様を綴る。

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