「黒ワインのWINE手帖」~人とワインのものがたり~

ソムリエの資格を持っているということから、一緒に食事に行く上司や同僚にはワインのオーダーを任せられることが多いです。その日のメンバーや店の格、酔い具合や飲む本数の予想、または好みの味などから最適なワインを選んでいきます。
その作業はとても楽しく、グラスに注いだワインを飲んだ時に「黒ワイン君、このワインは何?」と興味を持ってもらったときには心の中で静かにガッツポーズをするものです。
もちろんそこに参加するメンバー全員がワインに詳しいということはありません。むしろ普段はワインを全く飲まないような人や、「ラベルや品種を見てもよく分からないから、とりあえず任せるよ」という方のほうが多いでしょう。
自分の店であれば、ラインナップも熟知しているので、いろいろな提案の仕方が可能です。しかし、初めて訪れる店では勝手が違います。仕入れ担当としての経験から「今、このワインが飲み頃だ」と直感することもありますが、初見のリストではそうはいきません。
では、僕は一体何を基準にワインを選んでいるのでしょうか。
ここにはワインを楽しむための「秘訣」が隠されています。その手法をお伝えする前に、知人から聞いたエピソードを紹介させてください。
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とある知人女性から聞いたお話です。20代半ばのその綺麗な女性は、男性遍歴の多い方でした。
端正な顔立ちに、ウィットに富んだ会話。ファッションの着こなしも完璧でスタイルも美しい。それだけでなく、相手との距離感の取り方が絶妙で、多くの男性が魅了されるのもごく自然なことのように思えます。
その彼女が以前、イタリアンレストランのオーナーとお付き合いしていた頃のこと。一緒に食事に行くと、彼とこんなやり取りをしたそうです。
「ねえ、どんなワインが飲みたい?」
「私、ワインのことは全然知らないのよ」
「それでいいんだ。今の気分をそのまま言ってみて」
「うーん、それなら……。今日は少しモヤモヤしているから、気持ちが晴れやかになるようなワインがいいな」
「オーケー、分かった。(店員を呼んで)このワインをお願いします」
「本当に、そんな伝え方でいいの?」
「大丈夫。楽しみにしていて」
運ばれてきたワインがグラスに注がれ、一口飲んだ瞬間、彼女は声を上げました。
「美味しい! ちょうどこんなワインが飲みたかったの。どうして分かったの?」
「それだけたくさんワインを飲んでるからね。喜んでもらえて良かった」
沈んでいた彼女の気分はすっかり晴れ、その後の食事はとても楽しい時間になったそうです。
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そのオーナーの選定技術には及ばないかもしれませんが、僕にも似たようなセレクトができます。「お、このワイン美味しいね。なんていう名前なの?」と身を乗り出して聞いていただけるような選び方です。
「そんな大それたことを」と思われるかもしれませんが、実はちょっとしたコツがあります。もちろん他にもいろんな要素がありますから、これだけで全く同じことができるわけではないのですが、「この品種が〇〇%入っているから」「酸味と甘味のバランスが」のような小難しい話をする必要はありません。
どんなワインリストにも書かれているけれど、意外と見落とされがちな項目があります。ワインショップもこれを基準にワインが並んでいるのに、おそらくそれで選ぶというのはしたことがないという方も多いのではないでしょうか。
そのポイントは「国名」です。
フランス、イタリア、ドイツ、アメリカ……。最近は日本やチリ、アルゼンチン、はたまた南アフリカのワインも身近になりました。
品種の知識がなくても、その国の気候や国民性、料理の雰囲気などについては皆さん何となくイメージが湧くのではないでしょうか。
ドイツは冷涼な気候で、真面目な人が多い。
アメリカの食事はボリューミーで開放的。
オーストラリアは暖かい気候で人柄も穏やか。
地理に詳しければもう少し踏み込んで想像を膨らませることもできます。特に訪れたことのある場所であればイメージが湧きやすいでしょう。
たとえばイタリアはどうでしょう。
北イタリアの山岳地帯はきりりと冷え込み、南イタリアの農村部は太陽がさんさんと降り注ぐ大地が広がっています。
涼しい土地のワインはその寒い気候を映したようにシャープに引き締まり、暖かい地域のワインは太陽の恵みをたっぷり受けた果実味豊かな飲み応えになります。
さきほどのオーナーが選んだのは、きっとイタリア中部から南部のワインかなと想像しています。赤のどっしり重いタイプではなく、海が見える景色の中で造られたような一本。
突き抜けるような晴れやかな景色をワインが運んでくれるような感覚ですね。
僕であればイタリアのサルデーニャ島かシチリア島の、手ごろな値段の白ワインをセレクトしたかもしれません。
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ワインとの向き合い方は、ソムリエや愛好家によって千差万別です。緻密な知識を重視する方もいれば、その場の空気や相手の心に寄り添うことを大切にする方もいます。どちらが正解というわけではありませんが、こうした感性がよりワインの楽しみを広げることにもつながりますし、また、それがワインという文化の面白い側面かもしれません。
誰かにワインを贈るとき、有名な銘柄や高級なワインを選ぶのも素敵ですが、「その人の人柄に合わせた土地のワイン」を選んでみるのはいかがでしょうか。
「どうしてこのワインを選んでくれたの?」と聞かれたとき、「〇〇さんの明るい人柄に合わせて、飲むと楽しい気分になれる土地のワインを選びました」と添える。
「自分のために、そんなふうに考えて選んでくれたんだ」と、相手の心に深く残るプレゼントになるはずです。
皆様に、素晴らしいワインライフを。



